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【君に決めた 感想・考察】劇場版ポケットモンスター『キミにきめた!』に関してのテーマを追う。その1 ピカチュウの終盤起きたあのシーンを振り返る。

ネタバレ注意。

今回の話題は劇場版ポケモン最新作『劇場版ポケットモンスター『キミにきめた!』』についての感想を色々と書いていきたいと思います。

 

いやぁ、久しぶりのポケモン日記だなぁ。毎回荒れるので書きたく無いんですが、気になった点を考察していこうと思ったので書こうと書きたかったんですよね。特にポケモンは筆者のゲームの歴史を感じさせるもので、初代から色々とこのゲームには感動・驚かされてばかりでした(年齢ばれるけど大体合ってる)。

 

という事で上映からそこまで日にちが経っていないので、ピカチュウのとある発言にのみスポットライトを当てる事とします(笑)

これだけで一体何を書けるって言うんだ・・・と思ったのでメモなのはご容赦を。何時か推敲します。

■ ピカチュウがしゃべる事についての歴史。

という訳で今回注目するのは、ピカチュウがしゃべる事についてです。

あ、どんだけ喋ったかとかそういうのは、映画に行って確かめよう!!(せめてもの催促)

 

映画を見ている人にはえ!?って思う内容ですが、実は今回の映画では、なぜか日本語を話すことで若干焦っているひともいる様子。

ここは一度感動や感涙等を抑えて『ピカチュウが話した事?』だけに注目していきたいと思います。

実はピカチュウが話せる以前にポケモンが話せる事って結構大きな事で、今までピカチュウが話したことはそこまでありません*1

 

が、この話せないピカチュウには諸説あり、ピカチュウの声優役である人が非常にピカチュウの表現が上手く言葉が無くても良いっていう裏話がある事。

また、この話に関しては『ポケモン・ストーリー』より掲載されている監督からのメッセージで語られており、結構有名な話っぽいですねー。


ポケモン・ストーリー

「ピカチュウはしゃべっちゃダメっていう設定を石原さんと田尻さんからもらっていたんですけど、サトシと旅をするわけですし、やっぱりしゃべらせたいっていう話をしたら、じゃあしゃべっていいっていうことになったんです。

でも、やっていくうちに、やっぱりポケモンは動物なんだとどんどん思うようになってきた。

 

だからピカチュウも、しゃべっちゃうと、動物じゃなくてピカチュウという動くキャラクターになってしまって、それはすごく気持ち悪い感じがしたんです。逆に、ピカチュウのかわいさを殺いでしまうような気がしたんです。だから、やっぱりしゃべるのはなしだねっていうことになったんです」 (湯山)

『ポケモンストーリー』より

ピカチュウは喋る予定だった? - 一次情報源(仮) - ポケモンの友より。

 

なのでピカチュウは主に『話す』事は、結構なタブーなお話でした。

 

元々『ピカチュウの言葉を翻訳する立場である』ニャースの存在も意味を成さなくなりますし、あの血のにじむ努力を一瞬で補えてしまうのは皮肉(´・ω・`)。

 

しかしながら普遍的な話をすると

ポケモンはどういう存在なのか。

これは20年前からのテーマだったような気がします。

 

当時から『ポケモンはまだキャラクターで在るべきなのか』という状態ではなく、動物というかパートナーとしての立場が強かったのでしょう。 

閑話休題 ピカチュウが喋ると困るニャースのお話。

話せる個性である『ニャース』の存在。

彼の存在意義は、主に子供たちにポケモン達の意図や心を伝える役割を持っており、悪役としても『案内役』としてもいなくてはなりません。

 

それをピカチュウだけで補えてしまうと、進行役のサトシ。物語の壁でロケット団を入れる必要がドンドン無くなってくるんですよね。

 

特に動物が話せるというのは、ポケモンというアニメにおいて『狂言回し』に最適なキャラ。ナレーターは存在しますが、どうしても手が届かないポケモンの意思を的確に伝えてくれるキャラクターなのです。

特別感っていう個性を分割するのもなぁって話ですが、当初はピカチュウも話せる設定という部分を見てみると結果的に上手くいってたって感じなんですかね・・・。

  

動物のように しゃべらないものと人間とのコミュニケーションの大事さ。

しかし後になって、このアニメ作品には、動物のように しゃべらないものと人間とのコミュニケーションが大事だ、とアニメ製作スタッフは考えました。結局、しゃべるポケモンは、いないことに、変更しました。(映画に出てくる、伝説のポケモンは、別です。)しかし、それは放送が始まった後のことでした。

最初から、ニャースは しゃべることができる、と決めていたので、第2話「たいけつ!ポケモンセンター! 」で、ニャースは、しゃべってしまいました。

仕方がないので、アニメでは、第72話「ニャースのあいうえお」で、しゃべることができるようになった理由を、作りました。

つれづれ ネット版: 2001/10/24 しゃべるニャース

  

20年前のポケモン・・・というよりも実際90年代は壮大なキャラブーム。その中で言葉というのは、結構浸透しない時代でした。

例えば某映画の様にネズミが喋ったりするのとは違います。

 

今では死語ですが、「バウリンガル」なんて物が流行ったのも2002年。つまり動物とのコミュニケーション=話すという意識的なものがまだ薄かったのです。

 

デジモン等の様に話せるパートナーとの存在もある一方で、ポケモンがおいているのは普遍的な「パートナーとの絆」の物語。冒険よりも大事なコミュニケーションとして意識が通じ合うっていうことが大事なのは私もなんとなく同意する部分。

ポケモンとパートナーの意思疎通というよりも、話すというのがタブーなのは、主にアニメ中心の話っぽいような気がしますし、実際会話が成立しない現実社会では動物の意思や感情を100パーセントは理解出来ません。

 

会話が出来ない分、「そこにいる動物との意思を交わす事で繋がれる」事。

1話の20分の間に凝縮されたのが、ポケモンアニメの面白さと言っても良いでしょう。

ピカチュウは本当に喋ったのか。というより本当に見なければならないことは。

まぁ、最大の焦点はココなんですよね。

 

サトシが思った事で本当にピカチュウが喋ってないのかどうかも分かりませんし、DVDが出てちゃんと調べる事にしますが「心理的に見るとピカチュウが話したのかサトシから見た言葉の表現なのか」。

 

コレを討論するとなんかむちゃくちゃになりそうなので割愛しますが、ココで重要なのは

『ピカチュウが何故始めて言葉を話すことが出来るようになったのか』という事ですよ。

 

20周年だから記念にピカチュウの気持ちを言葉にしました!!

って訳でも無いでしょう(笑)ちゃんと考えてみます。

 

元々、今回のポケモンの映画タイトル自体、非常に今までのポケモン映画とは異なるものでした。それは『ポケモンの名前を使っていない』事。

 

 

  • 1998年 劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 
  • 1999年 劇場版ポケットモンスター 幻のポケモン ルギア爆誕 
  • 2000年 劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI 
  • 2001年 劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇 
  • 2002年 劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオス 
  • 2003年 劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 七夜の願い星 ジラーチ 
  • 2004年 劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション 裂空の訪問者 デオキシス 
  • 2005年 劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ミュウと波導の勇者 ルカリオ 
  • 2006年 劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海の王子 マナフィ 
  • 2007年 劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ディアルガVSパルキアVSダークライ 
  • 2008年 劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ギラティナと氷空の花束 シェイミ
  • 2009年 劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール アルセウス 超克の時空へ 
  • 2010年 劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール 幻影の覇者 ゾロアーク 
  • 2011年 劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ ビクティニと黒き英雄 ゼクロム 
  • 劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ ビクティニと白き英雄 レシラム
  • 2012年 劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ キュレムVS聖剣士 ケルディオ 
  • 2013年 劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ 神速のゲノセクト ミュウツー覚醒 
  • 2014年 ポケモン・ザ・ムービーXY 破壊の繭とディアンシー 
  • 2015年 ポケモン・ザ・ムービーXY 光輪(リング)の超魔神フーパ 
  • 2016年 ポケモン・ザ・ムービーXY&Z ボルケニオンと機巧(からくり)のマギアナ

 

普通今回の映画のノリでいうと『ホウオウと○○のマーシャドー』とか、『○○のマーシャドー』とかになるはずですがタイトル名は劇場版ポケットモンスター『キミにきめた!』。

 

つまり、サトシとピカチュウが今回の最大の注目ポイントと言っても良いはずです。

(まず、相似って意味があるキャラとか何か裏が…)

 

ピカチュウの出会いはまさしく今回の最大のテーマであり、『君に決めた』 。

この言葉がサトシにとっても、ピカチュウにとっても『共にいたい存在を自分で決めた』パートナーとして選んだ言葉としてあのセリフがあったのではないでしょうか。

 

(・ω・`)と、感動的な話ですが、サトシとピカチュウのフォーカスは20年という重みと共にコアなファンには歪に見えることもあるでしょう。

 

ピカチュウは最初はサトシを選ばざるを得ないですが、ピカチュウ自体はどう変わったのか。

そして、モンスターボールという場所は彼らに対して『モンスターボールに入らない事』が、大きなメタファーになります。

 

今までのポケモンとは違い、先入観を持たず、『ピカチュウがどうサトシに対しての思いを変えたのか』を映画館で是非観てみることをオススメしたい。そんな映画でした。

 

言葉で無くても通じ合っている。とは言うものの、君に決めたのはサトシだけ?ポケモンの意思とは。その答えを教えてくれる物語ーーなのだと個人的には思いたいなーと。

そんな感じで次の考察に移りたいと思います。

(・ω・`)あ、まだ推敲したいので許して?

 

今回の参考資料としたいもの

 

 


ポケモン・ストーリー

 

*1:ナレーター付きであったり、一部聞き取れるような話方をしている為